精神疾患・障がいを抱える方を支援するブログ

経験者だから感じる視点で、読者の方に少しでも希望を届けたいと思います。

アメフト問題と洗脳-2

今日、日大の加害者の選手が異例の記者会見をしましたが、正直に事実を話した事、本人にとって本当に良かったと思います。

監督に忖度した会見であれば今のネット時代、一生汚名を着ないといけなかった。大変な勇気だったと思いますが、これで彼の今後の人生が開けると思います。

 

前回の続きを書きます。

 

mikakin.hatenablog.com

 

大学の体育会出身者が就職で有利なのは(多くの大企業で一定の体育会枠があるのは)、体力・根性がある、チームプレイができるという他に、上の言うことに従順だという認識が企業にあるのだと思います。しかし日本の組織は、上への従順、忠誠を重視しすぎる部分はないだろうか。

 

極端な意見かもしれませんが、今回の日大アメフト部の事件はオウム真理教が地下鉄でサリンを撒いたあの忌まわしい事件と本質ではつながっているのではないか。

監督は麻原彰晃で加害者の選手は実行犯。上の言うことは絶対で、麻原は自分の意に反する者はポアすると言った。

 

村上春樹は著書「アンダーグラウンド」でサリン事件のルポを書いていますが、後書きでうる覚えですがこういう趣旨を書いていたと思います。

テレビではオウム事件が面白おかしく語られている。皆、オウムの人間を自分とは全く関係ない対岸の連中と見なしている。でも本当にそうなのだろうか?

オウムが持っている何かしらの部分は我々にとって対岸ではなく、案外近いところにあるのではないか?だからこそ我々は彼らに対して言いようもない不快感、排除したい気持ちを抱くのではないか?

 

今回の日大アメフト部の監督は会見を見てもかなりの悪人と感じましたし、屑としか言いようがない。まさに裸の王様です。

でもこういう自分の保身さえ守れれば他者を簡単に切り捨てる人間は案外どこにでもいます。

そういう連中に屈さない強さと他者の痛みを想像できる優しさを持たないといけないと自分自身感じます。

アメフト問題と洗脳 -1

今、日大アメフト部の選手によるルールを逸脱した殺人的なタックルが批判を集めています。

私は先々週ネット記事で知りYouTubeを見たのですが、最初は、ん、どこ?と分かりませんでした。でもリプレイを見るとボールと全く関係ないところでタックルを仕掛けられている事を知り、衝撃を受けました。許しがたい怒りを感じました。

 

先週、テレビのニュースでも取り上げられ、スポーツ庁長官も批判するなど大きなニュースとなっています。

事の真偽は明らかにされていませんが、どうやらこの選手の暴挙は監督・コーチの指示によるものと見て間違いないでしょう。確かにあり得ないプレーで退場した選手に対して注意が全く見られなかった点を見てもそれが事実と思います。

 

監督が長く謝罪もせずに雲隠れしていたのは、この問題を甘く見ていてここまでの騒ぎになることは想定していなかったはず。

実際、SNSでこの情報が拡散されなければアメフトというマイナースポーツで起きたこととしてごく限られた人が知るで留まり、何事もなかったように誰も責任を取らない形で終わっていたでしょう。

今までも似たような事例はあったのかもしれません。ただ、少なくとも今回の件に限っては世間に明るみになったのに、対応が後手後手に終始し、今や一選手・一監督の問題にとどまらず、日大アメフト部、さらには日大自体にも大きなイメージダウンを伴う事件となっています。

 

私がこの問題に関心を持つ理由は、私自身大学時代に一年間ですが伝統的な体育会に所属していた経験があることと、この事件が日本社会の一面を感じるからです。

 

私の経験から言えば、大学の伝統ある体育会には宗教的な要素を持つチームが多いと思います(もちろん、全てではありませんが)。絶対的な伝統、上下関係。

今回の日大アメフトの選手は監督から干されていて相手をつぶせば試合に出してやると言われていたとか。今回の事件は監督に最大の責任があるのは間違いないし、監督を辞任すれば済むというものではありません。大学NO2という権力から外さないと何も意味がない。

加害者の選手は追い詰められていたのだろうし、ある意味かわいそうな気もします。でも、人を殺せと言われて殺す人間にはなってはならない。

パワハラ-2

前回の続きです。

 

mikakin.hatenablog.com

 

今までは体調にも問題がある人だし、ある程度の情を持って接していました。自分がある程度カバーしてあげようともしてきました。でも、嫉妬と孤独に固まって、虎視眈々と私のアラを狙っている人間にとって、情は付け入る隙でしかないんですよ。

指導という名のストレス発散ですし、アドラー心理学で言うと怒りの感情をぶつけることで権力争いを仕掛けているのだと思います。

 

職場の人からは、あの人そううつなんじゃないかとか、更年期じゃないかとか言われました。普通に接しても裏切られてきたので、情は一切捨てて、笑顔を見せない、余程でないと話しかけない、人がいない場所で二人は極力避ける、状況によってはスマホで録音をするなどの自衛対策を実践することにしました。

 

パワハラは権力者がそうでない者にするのが一般的です。自分より弱い対象、何をしても許されると感じる対象に向けられます。

対策は自衛以外に告発という手もあります。しかし、加害者が権力者の場合、会社で告発してももみつぶされるどころか、被害者が追い詰められることもあります。だから告発も慎重に考えなければいけませんが、場合によっては労働問題に詳しい弁護士などに相談する方法もあります(会社は問題が公になること確実に嫌がります)。

告発には録音など客観的な証拠がある方が有力でしょう。また、心ある人はちゃんと見てくれていて味方になってくれる人もいますので、身近な人に相談したり支援してもらうことも良いと思います。

 

パワハラで罵声を浴びたりすると、やはり心に残ってしまい、すぐに消えるものではありません。他者からネガティブなエネルギーを受けると、怒りの感情がなかなか解消できませんし、その怒りを他の人にぶつけたくなる衝動もあります。怒りは連鎖するという恐ろしい性質を持っています。

 

パワハラ被害を受けて、被害者感情のままうつになってしまうのは何とも悔しいことです。加害者は自分がパワハラをしている自覚がないか、あってもするような姑息な人間であれば地雷を踏まないように注意しながら攻めてきます。

「攻撃は最大の防御」。スルーしきれない位のひどい被害を受けたのなら、冷静さを失わずに攻撃をすることも有りだと思います。

パワハラ-1

最近、レスリング協会内のパワハラ騒動を世間を騒がせていますね。国民栄誉賞まで受賞した伊調馨さんに関わる問題だからも勿論ですが、これって結構うちの職場でもあるあるだよねという思いが世間の関心を集めているとも思います。

 

実は私も今、パワハラを受けています(笑)。先日あまりにむかついたんで一日休んだ時に告発しようかと考えたのですが、自分なりの考えがあってやめました。でも、もう絶対に許さねえとは思っています。

 

結構、世の中ハラスメントだらけなのかもしれません(ハラスメントの定義が曖昧という別の問題もありますが)。中途で営業に入った同僚は、長年彼が得意とする地域に行かせてもらえないとか(現任者の不都合な事実がバレる)、私の妻は嫌な上司(男)に胸倉をつかまれて脅されたこともあったそうです。

 

私の上司の場合は、仔細な問題を見つけてワーワー騒ぎ立てるのは良くあることだし、感謝やねぎらいの言葉をかけられた事はほとんどありません。その上司が休職して代わりをつとめても感謝どころか通常以上に執拗にあら探しをして文句を言ってきます。さすが評価は減点しかないと言い切ってるだけある(笑)。

 

「お前をいじめてやる(はぁ?)」、「どうせここを辞めてもお前にろくな仕事はないんだろ(なめられたもんだな、それはあなたでは?)」、「お前は一流大学出てるから三流大学出のおれをバカにしてんだろ!(そんなのどうでもいいし、あなたの学歴なんて知らねえよ)」などなど。。

アホらしい言葉を言われまくって、うんざり。。当然のように、私の人事評価は何をしようがいつも最低です(それはこの上司だけの問題ではないですが)。

 

結局、この上司のパワハラの根源には嫉妬と孤独があるんだと思います。

この前、上司が休職中に上層部からお前がこの部門の責任者をやらないか、新たに人を入れるからと持ち掛けれました。私は自身の考えがあって回答を先延ばしにしましたが、上司にその情報は耳に入っていますから、最短で休職を切り上げて復帰し、仕事に打ち込んでいます。

この人には私の存在は自分の存在をおびやかす脅威に感じているし、私にはこの会社でしか居場所がない残念なおじさんに見えます。

続きは次回で。

「就労支援フォーラムNIPPON2017」-2

前回の続きです。

私が一昨年に初めてこのフォーラムに参加した時に思ったのは、医療・福祉の関係者はとても思いがあって優しい方が多いと感じる反面、ビジネス感覚が弱いとも感じました。

ここでのビジネス感覚とは、顧客ニーズの理解→提供価値の決定→収益モデルの確立というプロセスのことを言っています。医療・福祉関係者は行政が決めたモデルで動いているからこのプロセスを組み立てる部分が弱いと感じました。

 

どの事業でも収益を生むことは事業継続のために絶対に必須なことです。福祉事業所も例外でありません。民間企業はこの部分には当然シビアです。

民間企業の特徴として、ビジネスモデルをパッケージ化するということがあると思います。つまり一連の決まった形にして効率化する。例えばマクドナルドのオペレーションは典型的で分かりやすい例でしょう。

この特徴は福祉サービスでは必ずしも当てはまりません。なぜなら疾患・障がいを持つ利用者の方々は一人一人が違う疾患・障がいの特徴や個性を持っていてとても決まった形でマニュアル的に対応できるものではないからです。「その点で福祉は1対1に人間関係が大切なのだから」と言われていた点はとても理解できます。

でもビジネス感覚がもっとあれば、利用者のニーズを汲んだ新たな価値(サービス)を創り出したり、行政福祉の範囲外のサービス提供の可能性も広がるのではないかと思います。

 

私は福祉サービスを提供するという点で、福祉事業所も一般企業も両方の力、感覚が必要なんだと思います。そして、とても難しいことだとは思いますが、どちらに所属していても福祉的観点と経済的観点を両立させることが最も大切なことだと考えています。

今回のフォーラムでは行政の方針がちょっと経済的観点に傾きすぎてないかなという懸念を個人的には感じましたが。

 

フォーラムのプログラムの一つにNHKの「バリバラ」公開収録がありました。1月14日(日)19時~ NHKEテレで放映予定のようですのでご興味ある方はご覧になって下さい!

「就労支援フォーラムNIPPON2017」-1

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 

先月、東京で「就労支援フォーラムNIPPON2017」に参加してきました。2日間ぎっしりの濃厚なフォーラムで、一昨年の参加の時に内容の濃さに感激しましたので2年連続で参加しました。

参加者は約1500名、地方からも多くの人が参集しており、主に医療・福祉業界の方が中心です。私のような一般企業の人間は少数のようです。障がい者の就労支援テーマでは最先端の情報を聞ける場だと思います。

 

フォーラムの内容を書くとキリがありませんので、今回感じた主なトピックを挙げます。

・発達障がいの議題が増えた

前回に比べての印象です。世間の関心が増えていることや今年法定雇用率に精神障がいが対象になることも影響していると思います。

 

・福祉型→企業型への流れ

フォーラムでは政治家の方々も登壇されましたが、福祉事業が従来のものから企業型、つまり経済性を重視した方針へと変化しつつあると感じました。これについては後述。

また、厚労省の方も登壇し今年改正の障がい者総合支援法の話題もありました。就労支援は大幅な変更はなさそうですが、定着がより重視される方向になる見込みです。

 

・支援機関と企業の連携強化

企業も障がい者雇用に悩みを抱えており、企業と支援機関(福祉事業所など)と当事者の三位一体が必要。支援機関が企業との関わりをどう取っていくか?が課題。

 

フォーラムの休憩中、おそらく福祉事業所の関係者と思われる男性2人の会話が聞こえてきました。「最近は上場している企業もあるけど民間企業を制限した方がいいのでは。福祉は1対1の人間関係が大切なのだから、、」。

この言葉は福祉関係者の本音を表したものとして興味深いなと感じました。私はこの言葉の本音を理解できるなと感じると同時に、これではどうなのかなとも感じました。失礼ながら。そう思った理由は次回書きます。

発達障がいと同調圧力

今年は「忖度」という言葉が注目されました。流行語大賞になるかもしれないようです。私はこの「忖度」という言葉、実に日本社会を象徴している言葉だと感じます。

 

「忖度」を辞書で引くと、「相手の気持ちをおしはかること」だそうです。この言葉自体に悪い意味はありません。むしろ社会で生きていくには必要なスキルと思います。

近年では「上役などの気持ちをおしはかる」という用法が広がりつつあるようです。これは「忖度」という言葉の用法の一部にすぎないとのこと。今年「忖度」という言葉に悪いイメージが付きましたが、それはこの用法で捉えた場合と思います。

 

前置きが長くなりましたが、日本社会は実に「忖度」社会、悪い意味ではありませんが「相手の気持ちをおしはかること」を求める社会だと感じます。

それは相手への思いやりという良い部分につながることもありますが、みんな一緒にという横並びの「同調圧力」社会へとつながっているとも感じます。「お前、空気読めよ」という社会ですね。

発達障がいの方は「相手の気持ちをおしはかること」、「空気を読むこと」が苦手です。発達障がいの方にとって日本社会は生きにくいだろうなあと感じます。

 

私は以前、モンゴルで生活し仕事をした経験があります(今、相撲の問題で話題ですね)。日本人基準で考えるとモンゴル人って実に空気読まない人たちなんですよ(笑)。

例えば、移動で飛行機に乗って隣にモンゴル人がいる。こっちはゆっくり寝て過ごしたいなあと思っているのに、そのモンゴル人はおかまいなしでずっとマシンガントークで話しかけてくるんですよ。まあ適当に相手をして、到着する頃にはそこそこ話してるから連絡先くらい交換しようかなあとか思うじゃないですか。でも着いたらさよならも言わずに一目散に去っていったりして。今までは何だったんだという(笑)。

モンゴルに生活し始めた最初は腹が立つことも多かったですが、慣れてくるとあーモンゴル人ってほんま面白いなあって変わっていきました。またネタが増えたみたいな。慣れてしまうと意外と気を遣わなくていいから楽なんですよね。

 

今、職場の人に隠れ発達障がいだろうなと見ている人がいて、やはり「相手の気持ちをおしはかること」が苦手で、周りの人間関係がうまくいっていません。その人のことを腹黒いと思う人もいます。

でも、私には当人は悪気がなく、むしろ純粋な人だと見ています。だからかわいそうだと感じるし、少しずつ「相手の気持ちをおしはかる」よう機会を与えているつもりです。

 

元々、発達障がいという言葉が気に入らないんです、個人的には。障がいというか特性ですよね。それが本人が生きている社会と適応できないから問題が生じるだけで、本人自体に問題があるわけではありません。

あ、ちなみに私は嫁さんからADHDっぽいと言われてます(笑)。