精神疾患・障がいを抱える方を支援するブログ

経験者だから感じる視点で、読者の方に少しでも希望を届けたいと思います。

障がい者雇用水増し不正問題

最近、行政の多くで障がい者雇用が長年に渡って水増し不正されていたニュースが話題となりました。

障がい者雇用を先導すべき行政側で長年の不正が明るみになり、ショッキングなニュースでした。

 

国の行政機関の実雇用率は公表されていた2.49%ではなく、その半分以下の1.19%。

身体障がい者の民間企業への雇用が義務づけられ、障がい者の雇用状況の公表が始まった1977年当時の民間企業の雇用率が1.09%なので、国の障がい者雇用は進展しているように見えてほとんど変化していない実情が浮き彫りになりました。

 

この実情はもちろんけしからん!という種類のものですが、一般の障がい者雇用に対する本音を示したものとも言えそうです。

一般人で障がい者に縁がない人(自分にも家族など身近な人にも障がい者はいない人・専門ではない人)は、障がい者のことは分かりません。特に精神とかは非常に分かりにくい。

そして、障がい者の多くは一般人の生活圏内にはあまり入ってこないので、障がい者の存在に気づかなくても生きていけるのです。

 

はっきり言うと、一般人の多くは障がい者に対して面倒という意識を持っていると思います。

いや、それは責められません。障がい者のことが良く分からないし、実際配慮をしなければいけないと言われても面倒なことと思うのは分かります。

 

だから、障がい者雇用率が今年度から引き上げられましたが(民間企業は2.2%)、それに対して前向きな意識で取り組める組織はごくわずかで、多くはしょうがないから、違約金が取られるから、CSRコンプライアンスもあるから、という後ろ向きな意識で取り組んでいる組織がほとんどだと思います。

 

つまり、障がい者をコストがかかるものと捉えていて、戦力として捉えていないのですね。その結果が、行政まで水増し不正をやっていたという事実に行きつくのだと思います。

 

私は障がい者を守るべき人達とは思っていません。

当然ながら配慮は必要ですが、彼らもキャリアアップできるし、自立も目指せる。そう信じています。

 

障がい者雇用をしている行政や企業は障がい者のキャリアアップを支援していますか?

きれいごとではなく、それが結果的に、障がい者だけでなく、組織にとってもプラスになると思うのですが。

薬と精神疾患-3

前回の続きです。

 

mikakin.hatenablog.com

 

でも病気になってから3年後、アモキサン含め当時飲んでいた3種類の薬を全て変えたことがありました。

その時はもうどうなってもいいやと良い意味で開き直れてたんですね。悪くなったらどうしようという追い詰められた気持ちではなかったから、医者の言う通りに薬を変えることに挑戦しようと思えた。

 

その時までは6割位は体調が回復して一応仕事もできるけど仕事でも生活でも充分なパフォーマンスが出せない足踏みした状況にずっともどかしさや不安を感じている状況でしたが、薬の大幅変更と気持ちの開き直りがきっかけでこの頃からずっと打ち破れなかった体調の壁を超えることに成功し始めました。

これも薬が治したというよりは、薬で自分の負担が減ったことが一因となって、色々なことが好転して結果的に体調も好転したということなのだと感じます。

 

自分に合った薬を飲むことは悪いことではありません。医療関係者によると、薬の役割には積みあがっていくストレスで再発してしまうのを川の堤防のように防ぐ役割があるそうです。

今の薬に不安や疑問があるなら、どれが自分に合った薬なのかを医者と相談してみること、場合によっては医者を変えたり薬を変えたりといった試行錯誤することが必要です。

 

今、薬の副作用に悩んでいる方も体調が好転して減薬できれば副作用が軽減されると思います。でも、精神疾患に使用される多くの薬は効果が強いので、医者と相談しながら焦らず段階的に減薬して欲しいです。

結果的に薬がゼロにならなくても構わないと思います。薬がゼロになることが治るではなく、薬を飲もうが飲んでなかろうが日常生活で自分のパフォーマンスに支障がなければ良いのですから。

薬と精神疾患-2

前回の続きです。

 

mikakin.hatenablog.com

 

私が感じていた薬の副作用は、例えば、脈拍は常に110前後だったので疲れやすいとか、ろれつがうまく回らなくて人前で話すことに自信が持てないとか、物を持とうとすると手が震えてしまうとか、大幅に太ってしまったとか。。

これって薬の副作用なのか、それとも別の何かなのか当時は良く分からなくて悩んでいました。医者もはっきり言ってくれないし。

でも、今ならはっきり分かります。ほとんど薬の副作用だったんだと。実際、今は当時に比べれば凄く楽です。今書いた諸々の問題は全くありません。

 

私は入院当時、数種類の薬を一日10個以上服用していました。結構な量だと思うのですが、病院内では私はまだ少ない方だったと思います。

毎食後に皆が薬をもらうために並ぶのですが、中には手に山盛りの薬をもらっている人もいたりして、びっくりした記憶があります。こんなに飲んで死ぬんじゃなかろうかと。

医者にも色々な考えがあるとは思いますが、それでも対症療法を繰り返して毎食後に山盛りの薬を処方することが正しいとは絶対に思えません。そんなに薬を飲むともう何が悪いのか訳分からなくなるだろうと思いますし、明らかにおかしいと思います。

薬を処方するのは医者なので、自分が信頼できる腕の良い医者に診てもらうことはとても大事なことです。医者との関係をどう考えるかは別の時に書こうと思います。

 

今の薬で良いのか分からないし、自信もないけど、薬を変えてもっと悪くなったら嫌だし、、と考えが行ったり来たりしていませんか?

私は主剤のアモキサンに不満がありました。ネットで調べても脈拍が早いのはこの薬の副作用のように思いましたし。

でも当時の自分を不完全でも支えているのはこの薬だとも思っていました。アモキサンを変えてもっと悪くなったらどうしようという思いがあり、なかなか変更に踏み切れませんでした。

むしろ医者が薬を変えようとした事もあったのですが、自分がかたくなに変えたくないと言っていました。薬を変えることで落ちてしまうのが怖かった。続きは次回で。  

 

薬と精神疾患-1

最近、社会時事ネタばかり書いていましたので、今回は本題の精神疾患に関するテーマを書きたいと思います。

 

今回のテーマは薬。精神疾患に悩んでいる方にとって薬は切り離せないものです。

薬との付き合い方に不安を感じたり、悩んでいる方はとても多いと思います。今服用している薬で本当に大丈夫なのか、体調に色々問題があるが薬の副作用ではないか、薬の量が多すぎるのではないか、ずっと飲み続けないといけないのではないか、等々。

 

精神疾患の場合、薬を飲んだら回復する、治るというのはあまりないと思います。であれば薬を飲まなくて良いのかというと、それも極端な意見だと思います(一部でそういう意見もありますが、私は賛成できません)。

私の経験的な感覚だと、薬自体に治す力はそれほどあるように思えませんが、日々の体調を整えることはできる。自分に合う薬を適量服用すれば日々の体調は整いやすく、そのため自分の体調や生活に伴うストレスも軽減されて、結果的に体調が良くなる、症状によっては薬も減るというように感じています。

鶏が先か卵が先かのような話ですが、薬は必要、ただし自分に合った薬を適量で、ということだと思います。

 

といっても、自分に合った薬を適量で、って自分ではなかなか分からないから難しいです。

私の場合、うつ病になって入院した時は、アモキサンという抗うつ剤が主剤の処方でした。結構な量でした。退院後にネットで調べると、三環系抗うつ剤という古いタイプの薬で効果は大きいが副作用も大きい、一般的にはSSRISNRIといった新しいタイプの抗うつ剤が処方されることを知りました。

それでなぜ自分は三環系なのかと主治医に聞いたら、「まあ、あなたは軽くなかったですからねえ。」と言われ、やっぱり自分は重症なのかと落ち込んだ思い出があります。長い間、薬の副作用に苦しんでいました。

アメフト問題と洗脳-2

今日、日大の加害者の選手が異例の記者会見をしましたが、正直に事実を話した事、本人にとって本当に良かったと思います。

監督に忖度した会見であれば今のネット時代、一生汚名を着ないといけなかった。大変な勇気だったと思いますが、これで彼の今後の人生が開けると思います。

 

前回の続きを書きます。

 

mikakin.hatenablog.com

 

大学の体育会出身者が就職で有利なのは(多くの大企業で一定の体育会枠があるのは)、体力・根性がある、チームプレイができるという他に、上の言うことに従順だという認識が企業にあるのだと思います。しかし日本の組織は、上への従順、忠誠を重視しすぎる部分はないだろうか。

 

極端な意見かもしれませんが、今回の日大アメフト部の事件はオウム真理教が地下鉄でサリンを撒いたあの忌まわしい事件と本質ではつながっているのではないか。

監督は麻原彰晃で加害者の選手は実行犯。上の言うことは絶対で、麻原は自分の意に反する者はポアすると言った。

 

村上春樹は著書「アンダーグラウンド」でサリン事件のルポを書いていますが、後書きでうる覚えですがこういう趣旨を書いていたと思います。

テレビではオウム事件が面白おかしく語られている。皆、オウムの人間を自分とは全く関係ない対岸の連中と見なしている。でも本当にそうなのだろうか?

オウムが持っている何かしらの部分は我々にとって対岸ではなく、案外近いところにあるのではないか?だからこそ我々は彼らに対して言いようもない不快感、排除したい気持ちを抱くのではないか?

 

今回の日大アメフト部の監督は会見を見てもかなりの悪人と感じましたし、屑としか言いようがない。まさに裸の王様です。

でもこういう自分の保身さえ守れれば他者を簡単に切り捨てる人間は案外どこにでもいます。

そういう連中に屈さない強さと他者の痛みを想像できる優しさを持たないといけないと自分自身感じます。

アメフト問題と洗脳 -1

今、日大アメフト部の選手によるルールを逸脱した殺人的なタックルが批判を集めています。

私は先々週ネット記事で知りYouTubeを見たのですが、最初は、ん、どこ?と分かりませんでした。でもリプレイを見るとボールと全く関係ないところでタックルを仕掛けられている事を知り、衝撃を受けました。許しがたい怒りを感じました。

 

先週、テレビのニュースでも取り上げられ、スポーツ庁長官も批判するなど大きなニュースとなっています。

事の真偽は明らかにされていませんが、どうやらこの選手の暴挙は監督・コーチの指示によるものと見て間違いないでしょう。確かにあり得ないプレーで退場した選手に対して注意が全く見られなかった点を見てもそれが事実と思います。

 

監督が長く謝罪もせずに雲隠れしていたのは、この問題を甘く見ていてここまでの騒ぎになることは想定していなかったはず。

実際、SNSでこの情報が拡散されなければアメフトというマイナースポーツで起きたこととしてごく限られた人が知るで留まり、何事もなかったように誰も責任を取らない形で終わっていたでしょう。

今までも似たような事例はあったのかもしれません。ただ、少なくとも今回の件に限っては世間に明るみになったのに、対応が後手後手に終始し、今や一選手・一監督の問題にとどまらず、日大アメフト部、さらには日大自体にも大きなイメージダウンを伴う事件となっています。

 

私がこの問題に関心を持つ理由は、私自身大学時代に一年間ですが伝統的な体育会に所属していた経験があることと、この事件が日本社会の一面を感じるからです。

 

私の経験から言えば、大学の伝統ある体育会には宗教的な要素を持つチームが多いと思います(もちろん、全てではありませんが)。絶対的な伝統、上下関係。

今回の日大アメフトの選手は監督から干されていて相手をつぶせば試合に出してやると言われていたとか。今回の事件は監督に最大の責任があるのは間違いないし、監督を辞任すれば済むというものではありません。大学NO2という権力から外さないと何も意味がない。

加害者の選手は追い詰められていたのだろうし、ある意味かわいそうな気もします。でも、人を殺せと言われて殺す人間にはなってはならない。

パワハラ-2

前回の続きです。

 

mikakin.hatenablog.com

 

今までは体調にも問題がある人だし、ある程度の情を持って接していました。自分がある程度カバーしてあげようともしてきました。でも、嫉妬と孤独に固まって、虎視眈々と私のアラを狙っている人間にとって、情は付け入る隙でしかないんですよ。

指導という名のストレス発散ですし、アドラー心理学で言うと怒りの感情をぶつけることで権力争いを仕掛けているのだと思います。

 

職場の人からは、あの人そううつなんじゃないかとか、更年期じゃないかとか言われました。普通に接しても裏切られてきたので、情は一切捨てて、笑顔を見せない、余程でないと話しかけない、人がいない場所で二人は極力避ける、状況によってはスマホで録音をするなどの自衛対策を実践することにしました。

 

パワハラは権力者がそうでない者にするのが一般的です。自分より弱い対象、何をしても許されると感じる対象に向けられます。

対策は自衛以外に告発という手もあります。しかし、加害者が権力者の場合、会社で告発してももみつぶされるどころか、被害者が追い詰められることもあります。だから告発も慎重に考えなければいけませんが、場合によっては労働問題に詳しい弁護士などに相談する方法もあります(会社は問題が公になること確実に嫌がります)。

告発には録音など客観的な証拠がある方が有力でしょう。また、心ある人はちゃんと見てくれていて味方になってくれる人もいますので、身近な人に相談したり支援してもらうことも良いと思います。

 

パワハラで罵声を浴びたりすると、やはり心に残ってしまい、すぐに消えるものではありません。他者からネガティブなエネルギーを受けると、怒りの感情がなかなか解消できませんし、その怒りを他の人にぶつけたくなる衝動もあります。怒りは連鎖するという恐ろしい性質を持っています。

 

パワハラ被害を受けて、被害者感情のままうつになってしまうのは何とも悔しいことです。加害者は自分がパワハラをしている自覚がないか、あってもするような姑息な人間であれば地雷を踏まないように注意しながら攻めてきます。

「攻撃は最大の防御」。スルーしきれない位のひどい被害を受けたのなら、冷静さを失わずに攻撃をすることも有りだと思います。